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 片山伯耆流は戦国時代の武将、片山伯耆守久安を始祖とする武術である。  居合、剣術、体術等の総合武術で片山流とも称するが、現在まで伝わるのは居合のみ。  最近になって、書伝を基に失伝した腰廻等を起こしたのが「片山伯耆流柔術」。山口県岩国市のとある道場で数人の門下生が稽古をしている。
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 ぼちぼち年末で忙しくなってきたのか、なかなか稽古に参加される方が少ないですね。昨日は3週間ぶりくらいに稽古に参加してきましたが、集まりがよろしくないと、広い道場では寂しい限り。なにしろ、師範はおろか師範代すら来てませんから。

 それは置いといて...

 昨日は不動智心流を2手ばかり進めてみました。この2手は「似て非なるもの」というか、同じような動きをするわけですが、やはり違うわけです。なぜかというと技の名前が違うのです。技の名前が違うというのはやはり技の効用というか、体系が違うということでしょう。

 しかし、体術における人の動きを突き詰めていくと、どれも同じような動きになるはずです。これは人間の骨格等の構造が変わらない限り、動きも変わりようがないからです。どういうことかと言うと、技を掛ける側にとっては一番自然な動きになるのであり、技を受ける側からすればもっとも不自然な動きになるということです。

 これを理解した上であれば、同じような動きをする技は連動して覚えていくと覚えやすいのは間違いないでしょう。

 特に、同じ流派の中では流祖の思考体系がよく現れてますから、それぞれの技がまったく別物ということではなく、お互いに関連していると考えた方がよいでしょう。となると、核となる技があり、それを理解することで、他の技を理解する上で非常に参考となります。

 この核となる技を一般的には「奥義」と言っているようですが...
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 今週も柳生心眼流と不動智心流をやりましたが、なかなか間合いを見極めるのが難しいですね。

 人が変われば間合いも変わるわけですが、慣れてないとなかなかこのあたりの調整がうまくいかないのです。この間合いは、きっと意識しなければ自然にとるものだと思うのですが、こうやって稽古のときだとそれができないわけです。

 その理由の一つは「稽古のときは安全」という意識があるからです。つまり、技をかけるときに受けがまず突きや蹴りを出してくるわけですが、本気で突いたり蹴ったりするわけではないんですね。だから、失敗しても痛い目にあうことはない、と。

 ところが、いきなりナイフを向けられたりしたら...

 とっさに構えるのですが、そのとき無意識のうちに安全な距離をとろうとします。それが、その人の間合いなのです。これは相手が素手のとき、ナイフを持っているとき、刀を出したとき(まあ、これは普段はありませんが)と状況によりその間合いは変わってくると思います。

 なぜなら、きちんとかわせないと自分が痛い目を見るからです。

 今回は、最初に寸止めをするのか、本気で当てるのかを言ってから突きを出しましたが、その効果ははっきり出てしたわけです。寸止めだとうまくかわせるのに、当てるとなるとうまくかわせないんですね。

 これは、「寸止め」⇒当たらない⇒型どおりに動ける、「当てる」⇒逃げなければ⇒型どおりに動けない、となるのですが、型どおりに動けば間違いなくかわせるわけです。なぜなら、どこを狙っているのかが分かっているからです。実際には突きがくるのか、蹴りがくるのか、どこを狙ってくるのかわからないのですが、稽古では決まってますからね。

 それでも、型どおりに動けないのはやはり恐怖心があるから。それはすなわち、自分に自信がないから。こればっかりは稽古を通して付けていくしかないんですけおどね。
 今週は都合により稽古には参加できませんでしたが、ここのところ、柳生心眼流もやっいるので、刀が一振り欲しいなと思うわけです。

 今までは、柔術で使うことえお前提に考えてましたからなかなかいいものには手が出せませんでしたからね。なにしろ、身は投げる、鞘も投げる、下手したら体の下敷きに...

 まあ、こんな感じですので今の刀は刃が波打ってる状態で何度も曲げを直している状態。居合にはいささか不向きなものになってますね。

 しばらくは今のを使いながら、長さなど検討してそのうち良さそうなものがあれば手に入れたいものです。
 今回は久々に片山伯耆流をやりましたよ。

 本当に久々ですっかり忘れていることに気が付いてみたり。やはり日頃からきちんとやっておかねばなりませんな。

 と言いながら、やりたいことも多々あり、なかなかそこまでたどり着けないのも事実。

 ここは一つ本流に戻ってやらねばなりませんか。
 今週はどうも集まりがよろしくなく、3人で稽古でした。

 もう一人来たら柔術をやろうと思ってたりもしたのですが、とりあえずは柳生心眼流を少々。刀の長さが話題になったのですが、そこで出てきた「小太刀」について。

 そもそも小太刀ってどんなものだ?って話なんですが、一般的には「刀と脇差の間くらいのもの」のようですね。しかし、刃渡りでいうとだいたい2尺以上が「刀(太刀)」、1~2尺を「脇差」、1尺以下を「短刀」と言っておりますので「小太刀」の入る隙間がないわけで。

 まあ、イメージ的には「刀より短いけど脇差より長いもの」ってのは分かるんですけどね。
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