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 片山伯耆流は戦国時代の武将、片山伯耆守久安を始祖とする武術である。  居合、剣術、体術等の総合武術で片山流とも称するが、現在まで伝わるのは居合のみ。  最近になって、書伝を基に失伝した腰廻等を起こしたのが「片山伯耆流柔術」。山口県岩国市のとある道場で数人の門下生が稽古をしている。
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 昨今の柔道と言えば、もはや漢字ではなくローマ字で JUDO なんて書いたりします。意地の悪い人は「あんなもん武道ではない」と言いきったりもするもんですが、やはり嘉納治五郎師の創設した武道です。基本の部分は武道です。スポーツではありません。

 柔道の最大の功績は「受身」だと私は思っています。この受身のおかげで安全に稽古ができるわけですから。しかし、中学校で必須科目となってカリキュラムに悩んでいるようですが、少なくとも最初の2カ月は受身の稽古ですよ。受身のできない人を投げるのは怖いもんです。怪我させちゃいけませんから。

 こう書くと「柔道の投げで怪我?」と思ったりしませんか?それは大きな誤解というもの。受身がしっかりできているから投げられても安全なんです。確かに柔術と比べて投げ技も安全に投げられるよう工夫されています。が例えば背負い投げ。あれは背中から畳に落とすとありますが、円を描いて畳に落とすから安全なんです。このあたりが柔道のすごいところです。私らが同じことをやるととんでもないことになりますから。

 しかし、柔道は安全にできるスポーツではありません。れっきとした武術です。稽古で怪我してはいけないので安全にできるよう工夫されているだけです。だから本来の姿に戻せば、まさに殺人術といっていいですね。

 まあ、それは置いときまして、受身なんですが、コレを見せると「それは古流じゃありませんから」なんて言われたりします。まあ、そのとおりです。古流ではありません。柔道ですから。古流、古式の型を見せるときにはやるべきではないと思いますが、稽古のときは安全のためにやっておくべきですね。受身の稽古。いざってときに違います。

 オリンピックなど競技の世界ではもはや仕方のないことかもしれませんが、ポイント制のスポーツだと思ってみるしかないでしょう。しかし、柔道本来の姿は決してポイントを争うものではありませんし、道着の色を分けないと勝敗を見極めることができないようでは話になりません。

 ルールを無視して勝てばいいとは言いませんが、ルールの中にあっても柔道の基本は忘れてはならないでしょう。


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