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 片山伯耆流は戦国時代の武将、片山伯耆守久安を始祖とする武術である。  居合、剣術、体術等の総合武術で片山流とも称するが、現在まで伝わるのは居合のみ。  最近になって、書伝を基に失伝した腰廻等を起こしたのが「片山伯耆流柔術」。山口県岩国市のとある道場で数人の門下生が稽古をしている。
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 講道館柔道と言えば、少しでも武道に興味があれば知らない人はいないでしょう。すでに「世界的なスポーツ」になってしまっていますから。今から書こうと思うのは「JUDO」ではなくて「講道館柔道」についてです。

 ここでは本来片山伯耆流を中心に古流武術について思ったことを書いてきましたが、「講道館柔道」は「古流」と言えるかどうかはやや疑問ですが、間違いなく「武術」です。今の柔道からはちょっと想像しにくいですけどね。

 私がその昔、柔道を習っていたときに寝技についてこう言われました。「寝技で30秒押えこんだら一本になるのは、それだけ押えていたら相手の首を取れるからだ」と。どういうことか分かりますか?柔術の必要性はまさにここにあったわけです。鎧兜を来た節を槍で突けば致命傷を与えられるでしょうけど、刀で斬ったくらいではそうそう体まで斬れるわけではなかったのです。もちろん鉄の塊で叩かれるわけですから、その意味ではダメージはありますよ。

 となると、相手を倒して組みしいた後に脇差にて鎧の隙間からブスリとやるわけです。つまり、柔道において寝技で30秒ってのはその時間であるということなのだそうです。が、考えてみてください。30秒も時間かけていられますか?倒したらとにかく腕なりを極めて動けなくしてブスリとやらなきゃ自分の身が危ないですよ。もちろん、倒された方文字通り必死ですよ。なにもしなきゃそれまでの命なんですから。

 立ち技についても、引き手、差し手をしっかり握って相手を放さぬようにと教わったのですが、これだと結局は力が勝つことになるわけです。柔よく剛を制すではないですね。小さい人が大きい人を投げたりするとよく言われたりもしますが、それをいうなら柔術の方がよほろ当てはまるのではないでしょうかね。力が全てであれば柔術なんか必要ないですから。

 そうは言っても、力がなければ戦場にて大人しく死を待つしかないのかってことにはなりませんね。誰もが死にたくないわけですし、あわよくば相手を倒して手柄を立てたいわけですから。そのための柔術なわけですからね。

 で、講道館柔道ですが、その成り立ちはやはり武術なわけです。ただ、武士だけが学んだらよいというのではなくいろんな人が学ぶための工夫が現在のような形になってしまったわけです。と、この続きはまた今度。

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